変な大人に会いに行け

質問ガチ勢です

質問ガチ勢が質問まで辿り着けなかった話 ―親愛なるレジェンド先生へ―

たそ: 質問ガチ勢,悩んだときは変な大人に会いに行けがポリシー。心理学・医学専攻の大学もう12年目になる。

 

経緯

2023年1月末日,某YOUTUBE界隈のコミュニティでZOOMイベントが開催され,私は初参加を果たしてきた。イベントの趣旨はお悩み相談または質問コーナーであった。
このイベントのホストがどんな人かというと,人間を類型論で分類して見定める某学問領域のエキスパートである。その類型論について門外漢の私が説明すると,主観的な分類でありながら,主観的な文脈を超えた軸で以って客観的に相手の全てをモデルに当て嵌めて考えることができるらしい。
この学問領域では,エキスパートの大御所先生は何かしら癖があることが多いと思う。個としての特徴が尖り過ぎて,何か体系的な領域の言葉を持ちながら,先生が仰られることは,その先生独自の学問になっているようなイメージがあると私は思う。傍から形容することを恐れずに言うと,それに師事する学生は教科書的な理解を極めようとしながら,一旦は師と自分の感覚を同一化させてみた後,自分自身の価値観を揺るがす体験を経て,また独自に学問を理解・応用していくプロセスがあるような気がする。
それはさておき,今回のホストは,そんな偏見的な私のイメージに漏れず,尖ったエキスパートの生けるレジェンドであった。

このレジェンドが,数ある投稿動画のなかのひとつで,こう話していた記憶がある。「僕は最初に物凄い先入観をもって仮説を立てて人を見ていく」。
まさか当時はレジェンドと自分が対話することが叶うとはつゆほども思わなかったながら,衝動的に私は望んだ。「先入観,もたれてえ。」このレジェンドにとって,私はどんな人間に映るのか気になった。
私自身,自分が大概の人間より情報量の多い特徴をもっている自覚はある。最近まで,私は自分のことを,他人から「変な人」として笑ってもらえる程度だと思っていた。しかし,私の身の周りでは,近年なかなかに笑えない事態が生じている。人間関係のトラブルが生じて複数の他者に影響を与えた出来事が起きた (e.g. 離婚)。私の価値観を受け入れることができないと複数の人から直接表明されたこともあった。つまり,私は少なからず社会的に望ましくない側面をもっていることが明らかになってしまった。
人を見定めるプロであるレジェンドなら,社会的に望ましくない要素に注目して私を取り上げた際,こいつは一体どういう人間だと見抜くのか。そして,本人に対し面と向かって,どう鮮やかにそれを説明するのかが気になった。
レジェンドがホストのZOOMイベントの開催を知った私は,実を言うと申し込み手続きより先に質問文の原稿を書き始めた。何度か推敲し,話の軸をまとめたつもりだった。なんだか,小説のネタでも書いてるような気がして,そのWordファイルの名前は「親愛なる〇〇先生へ」としていた。
イベント当日,満を持してZOOMのミーティングが始まった。早速数名の先駆者たちが相談していく。遂に私が当てられた。原稿とノートテイクの準備は既に済んでいる。

 

いざ相談

相談内容を話すことを促され,マイクとカメラをONにした。
「えっと…,自分が人を好きでいることで,人に迷惑をかけていると感じてしまって,とてもしんどいときがあります。先生のご感想をお聞かせ頂きたいのですが…」
「今起きた?」
え?

私が一瞬混乱していると,レジェンドが続ける。
「感想が聞きたい… ああ,今からもう少し詳しく説明してくれるのね。はい,どうぞ。」

「はい,えっと…,私はおそらくマイナーな方で,複数の人を並行に同等に好きになることができる,いわゆる複数恋愛者みたいな感じです。さらにバイセクシャルでもあるのですが…」
「何人くらい好きなんですか?」
レジェンドは相談途中でガンガンコメントを入れてくるようだ。私の発言は,まだ質問部分には到底辿り着かず,自分の状況を説明する情報の冒頭しか開示できていない。

「…5人は超えてます。」
「すごいね! 5人と恋愛してたら,普通はエネルギーが要って死にそうになりますよ。相手がひとりでも,恋愛なんてものは命懸けでやることがあるのに。」
「はい,それで… あの…」
「寝なさい。」
はい?
疲労が顔に出てる。この画質が悪いZOOMの画面でもそれがわかる。あなたは寝なさい。まずは,体力づくりです。あなたは身体がガチガチに体力があるようには見えないし。もし僕があなたの立場で5人と恋愛してたら,体力が続かないからずっと寝てます。寝なさい。毎日何時間寝てる?」
用意していた相談文の1/5の情報も話せないまま,私が想定していた議論とは違う方向にどんどん話が進んでいく。私はその場の流れを自分でコントロールすることを既に諦めた。

「…日によります。」
「そりゃそうだろうけど,大体何時間ですか?」
「えっと…,実は今博士論文を書いてて,卒業するかしないかというところで,学業でもかなり睡眠時間が左右されるので…,最近は4時間くらいです。」
「博士論文書いてるの?すごい,博士論文書くのも普通は死にそうになりますよ。博士論文書きながら5人のことも愛してたら,絶対にエネルギーが足りなくなる。毎日6時間は寝なさい。あなたは人に尽くすほうですか,尽くされるほうですか?」
「どちらかと言うと尽くすほうです。」
「なおさらです。その5人のなかには,嫉妬でものすごい感情をぶつけてきて大変な人もいるかもしれない (※現にいた。最終的にその影響もあり私は離婚した)。それで,あなたも若いからいいけど,30歳とか40歳とかになったら,ものすごく疲れますよ (※今年30歳になる)。それで,疲れてエネルギーが低下していると,どんどんマイナスなことを考えるようになる。僕だったら,『私は今博士論文で死にそうになるくらい大変だから,あなたのことは本当に大事だし愛してるんだけど,2ヶ月くらいはそっとしておいてください』と,一番言いやすい人に言うところから始めます。博士論文を書き上げるまでは毎日6時間寝なさい。書き上げたら好きに起きてたらいいから。6時間寝て,博士論文書いて,また恋愛について悩み方が変わったら,また聞きにきなさい。」
私は笑いながら頷くしかなかった。レジェンドにはもう細かい情報開示をするまでもないと思った。私は自分でも疲れていて仕方がないと常日頃思っているし,ここでさらに,複数の仕事と学業を両立していることや,実際のところは相思相愛の関係ではなく私の一方通行な恋愛が多いことを新たに話しても,いかに自分が疲れているかという主張を私が平行線ですることになるだけで情報は増えず,それに対しレジェンドは「だから寝なさい」と言うだけだと察した。
私はお礼を述べて発言を終えた。次の悩み相談者にスタッフが進行させる。レジェンドがまた口を挟む。
「えー…,重い話の後ですが切り替えましょう。馬鹿なカウンセラーなら,『ひとりにしなさい』と言うところですが,そんな回答だとカウンセリングにならない。彼女は5人のことを本気で好きなんだから。はい,すいません,切り替えましょう。」
私はその言葉が一番嬉しく感じて,切っていたカメラを再度ONにして笑いながら頷いた。現代日本ではひとりの人を好きになることが普通で常識であることは私でもわかっている。しかし,自分が普通で常識的な存在ではなくて,それを直すことができないのだから,そこを議論しても仕方ない。そこを超えたところから話をしてくれる人は驚くほど少ないと私は感じている。レジェンドはそれを瞬時に察して,そこを超えたところから話をしてくれた。レジェンドは無論,私のような複数の人を好きになる当事者ではないだろうから,私の気持ちを当事者として理解することは絶対に不可能だ。しかし,私の状況を共有してくれた。私はそれが嬉しかった。

 

緊張が解けたあと…

このときのZOOMイベントの参加者は52名,2時間と少しの時間の間に20名弱がレジェンドに相談または質問していた。私はすっかり緊張が解け,他の参加者の相談または質問を聞いていた。全体的には,メンタルの悩みがある人,芸術系の仕事をしていて色々思うことがある人が多かった。

 

「それでは,今日答えられなかった質問もあってごめんなさい。また次の機会に訊いてもらえたら優先的に答えます。みなさん,楽しい時間を有難うございました。」
宴もたけなわ,レジェンドが締めの挨拶に入る。
みなさん,元気でまたお会いしましょう。5人を平等に愛してる人,あなたも元気でね。またどうなったか聞かせてください。」
なんと,レジェンドは最後のオチに私を挙げたのだった。私は咄嗟にカメラをONにしてペコペコ頭を下げながら両手を振って応えた。私の両手の指には,自分で揃えた指輪と好きな人たちに所以のある指輪が,現時点では合計9個嵌っている。それに気づいた人もいるのだろうか…。
このZOOMイベントは,スタッフによって事前告知があり録画されていた。レジェンドの有料会員制チャンネルにて後日閲覧できるとのことだった。録画には,質問ガチ勢であるはずの私がしどろもどろになりながら,レジェンドに鮮やかに斬られる様子が収められているはずだ。全世界に公開されるのはなかなか恥ずかしいが,興味のある方は実際にご覧になって頂ければと思う。

 

まとめ


5人以上の人を平等に好きなのですが…
A.    寝なさい。